相続対策アパート建設の真実|建設会社だけが儲かる構造
この記事でわかること
Q. 相続対策でアパートを建てると、本当に相続税は減るのですか?
Q. 「30年一括借上げ」のサブリース契約なら家賃は保証されるのではないですか?
Q. ハウスメーカー主催の相続対策セミナーは参考になりますか?
Q. 相続したアパートが経営悪化したら、解体して土地に戻せますか?
Q. 令和4年のタワマン節税否認判決はアパート建設にも影響しますか?
「楽しみだわ」と話していた年配女性
「今ね、マンション建ててるところなの。もうすぐ完成なのよ。楽しみだわ。」
一年前まで同じマンションに住んでいた年配の女性が、妻にそう話していたらしい。
この周辺では区画整理が進み、同じようなファミリー向け物件が次々に建っている。いずれも4階建てで、 エレベーターは付いていない。 明らかにコストカットだ。
その女性の話では、ある日、不動産会社と建設会社の担当者が訪ねてきて、「相続対策に賃貸住宅を建てませんか」と営業を受けたという。「私は何も分からない」と答えると、「すべてこちらでやりますから」と言われたそうだ。彼女は言われるまま書類に署名し、印鑑を押すくらいしかやることがなかったらしい。
とてもおめでたい話である。
不動産業界に善意などほとんど存在しない。皆、自分の利益のために動いているだけだ。
このエリアはいま若い夫婦が流入しているが、行政は10年後には少子化に転じると見ている。住民の年齢層が上がれば、エレベーターのない物件の賃貸価値は確実に下がる。
30年後、その物件を相続した子どもたちはどうなっているだろうか。利回りは急激に低下し、場合によってはマイナスに転じているかもしれない。周囲には同じような築古物件が並び、競争力を失った建物の価値は時間とともに確実に削られていく。売ろうにも買い手は付かず、気づけばその物件は 「負動産」 になっている。
人は誰しも、自分に都合の悪いことは見ない。だが、建設業界と不動産業界はその姿勢が特に徹底している。動く金額が大きく、自分の収入が跳ね上がる世界だからだ。金の前では、良心も道徳心もどうでもいい。犬にでも食わせておけ——これはこの業界の常識だ。大企業だって変わらない。
無邪気に話すその女性の姿を思い浮かべる。自分が子どもたちに地獄を残しているなど、1ミリも感じていないだろうし、想像もしていないだろう。
こういう「鴨」がいるから、マンション建築は止められない。
「相続税が6割減」の仕組みと、その先にある落とし穴
相続対策アパートの営業トークは、ほぼ全社が同じフレーズを使う。「現金で持っているより、アパートを建てた方が相続税が圧倒的に安くなります」——この数字のロジック自体は嘘ではない。
建物の相続税評価額は 固定資産税評価額 (建築費の約60%)を基に算定される。賃貸用に供すれば 借家権割合30% が差し引かれ、建築費1億円の建物なら相続税評価額は概ね4,200万円まで圧縮される。さらに土地は 貸家建付地 として評価減、借入金は 債務控除 で相続財産から差し引かれる。
机上の計算ではこうなる。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 現金1億円で保有 | 相続税評価額 1億円 |
| 1億円でアパート建設(満室時) | 建物評価額 約4,200万円 |
| 借入金1億円の債務控除 | 課税対象 マイナス5,800万円 |
「相続税6割減」「借入を組めば相続税ゼロ」——こうして数字が作られる。
だが、これは 評価額の話 である。 経営の収支はまったく別の話だ。
30年の賃貸経営で何が起きるかを考えればわかる。空室が増える、家賃が下がる、修繕費がかさむ、金利が上がる。そのいずれか一つが起きるだけで、節税額など簡単に吹き飛ぶ。すべてが同時に起きれば、相続人に残るのは「借金付きの築古アパート」だけになる。
節税のために投資判断を曲げるから、こうなる。順番が逆だ。 収益を生む資産として成立する物件を、結果として相続税評価の圧縮に使う のが本来の順序で、「節税目的で建てた物件だから収支は二の次」はそもそも投資ではない。
誰が儲かり、誰が損をするのか
相続対策アパートの利害関係を一度整理したい。4者が登場する。
建設会社(ハウスメーカー)
建築請負で 建設段階で利益を確定する。 大手ハウスメーカーの粗利率は約35%、営業利益率は11.4%(工務店は平均3.7%)。業界全体でみると大手ハウスメーカーのアパート建築の坪単価は、木造で60〜70万円、軽量鉄骨造で70〜95万円程度が相場になる。
地場工務店で同等仕様の建物を建てれば、 2〜3割安いケースが普通にある。 差額はタレントCM、住宅展示場、モデルハウス、地主を訪問する営業の人件費。これがすべて建築費に乗っている。
管理会社(サブリース会社)
多くの場合、建設会社の系列会社として登場する。サブリース管理料・保証賃料差額(満室賃料の15〜20%)・修繕工事の受注で、 建設後も継続的に利益を上げる仕組み が組まれている。修繕工事は系列会社が市場価格より高めで受注するのが通例で、オーナーは相見積りを取ることさえ難しい構造になっている。
被相続人(地主)
「相続税が下がる」の一点で多額の借入に応じる。70代後半の素人が1億円超のローンを組む事例は珍しくない。 経営判断の経験もノウハウもないまま、30年以上続く賃貸経営に足を踏み入れる。
相続人(子世代)
被相続人が亡くなった時点で 借入金返済義務とアパート経営を一方的に引き継ぐ。 賃貸経営の経験はなく、空室や家賃減額への対応能力もない。相続放棄を選べばアパートだけでなく他の財産も手放すことになるため、現実にはほとんどの人が引き継ぐ。
構造を一言で言うと
建設会社と管理会社は リスクゼロで利益を確定 させる。リスクはすべて地主と相続人が背負う。これが相続対策アパートの本質だ。30年以上続くビジネスに対して、 建設会社と管理会社だけが途中解約の選択肢を持っている ——この非対称性が業界の最大の問題と言ってよい。
業界全体の利害相反構造については 不動産投資の構造的な利益相反|買主と業者の立場 でも掘り下げている。
「30年一括借上げ」が家賃を保証していない理由
相続対策アパートで最も巧妙なのが 「30年一括借上げ」「35年家賃保証」 というフレーズだ。地主の「経営する自信がない」という不安を、一撃で潰すための殺し文句として機能する。
法的には、これは家賃を保証していない。
借地借家法32条 は賃借人に賃料減額請求権を認めている。サブリース契約では建設会社・管理会社が「賃借人」にあたるため、 いつでも家賃の引き下げを求められる。 裁判でオーナーが勝つのは極めて難しい。借地借家法は歴史的に弱い立場の借主(賃借人)を守るための法律だが、サブリースの世界ではこの構図が逆転し、地主が「貸主」という強者のポジションに置かれている——にもかかわらず、減額交渉の実務では完全に劣位に立たされる。
実際に起きていることはこうだ。
ある大手サブリース会社のケース
- 「契約10年間は家賃固定」と説明されていたにもかかわらず、 7年目に約16%の減額 を提示されたオーナーが続出
- 2018年には界壁(防火・遮音壁)の施工不良が大量発覚。建築基準法違反の欠陥建築でありながら、損害賠償請求は築年数を理由に棄却された判例もある
- 集団訴訟の末、和解決着となったが、一部物件は平均約10%の減額を受け入れざるを得なかった
別の大手アパート建設会社のケース
- 築10年時点で 家賃を半分以下に減額する 通告。オーナーが拒否すると「30年一括借上げ契約を解除する」と迫る事例が報じられている
- 全国規模で「サブリース被害対策弁護団」が結成されるほどの被害規模
- 営業手法:高齢の地主を個別訪問、家族を遮断して契約に持ち込む。成果主義の極限で「契約取れないとクビ」という営業文化が強引な手口の背景にある
営業のしつこさが業界の日常になっている
ずいぶん前の話になるが、私が社員とランチを食べていたときのことだ。隣の席に座っていた年配の男性が、急に立ち上がって大声で怒鳴ってきた。
「お前たちは××(ある大手アパート業者の名前)か?!」
何のことか分からなかった。私たちはただ雑談の流れで、その業者が手がける賃貸物件に引っ越そうかという話をしていただけだ。事情を説明すると、男性は我に返り、深々と頭を下げてこう続けた。
「申し訳ない。『アパート経営をしませんか?』という電話がしつこくかかってきて、ノイローゼになりそうで、つい怒鳴ってしまった」
他人の雑談の中の業者名一つで、見知らぬ相手に怒鳴りかかるほど追い詰められていた。電話をかけてきていたのがその業者本人だったのか、別の業者だったのかは分からない。だが、 アパート建設・サブリースの営業電話が、一般の高齢者を日常的にここまで追い詰めている という事実は、私の記憶にはっきり残っている。
営業マンの側にも事情はある。毎日のノルマに追われ、契約が取れなければクビという世界だ。だから電話をかけ続け、訪問し続ける。当人に悪意がなかったとしても、 仕組みとしてそうなっている。 高齢の地主の精神状態を気遣う余裕など、この営業文化の中では構造的に生まれてこない。
冒頭の年配女性が「すべてこちらでやりますから」と言われて契約に至ったのも、同じ土俵の話だ。 相手を考えさせないこと、考える時間を奪うこと ——これが業界のトップセールスの技術として、30年以上磨き上げられてきた。その技術を、あなたの親や祖父母が素手で受け止めている。
サブリース2025年問題
2015年前後に急増したサブリース物件が、いま築10年を迎えて 一斉に家賃見直しのタイミング に入っている。首都圏の20〜49歳人口は2025年に約12%減少するという推計もあり、需要面でも下落圧力がかかる。2020年12月施行の 賃貸住宅管理業法 でようやく事業者にリスク説明義務が課されたが、 それまで建てられた物件には適用されない。
サブリース契約の構造的な問題は サブリース契約の落とし穴|「家賃保証」の嘘 により詳しく書いている。
最高裁令和4年判決がアパート建設にも影響する理由
2022年4月19日、最高裁第三小法廷が出した一つの判決で、相続税対策の前提が変わった。いわゆる 「タワマン節税否認判決」 である。
事案の概要
- 被相続人(90代)が亡くなる数年前に金融機関から 約10億5,500万円を借入
- タワーマンション2棟を 約13億8,700万円で購入
- 相続人は路線価等に基づく相続税評価額 約3億3,700万円 と借入金を組み合わせ、 相続税ゼロ で申告
- 税務署は不動産鑑定士の鑑定評価額に基づき再評価し、 約2億4,000万円を追徴
- 最高裁は 財産評価基本通達の総則6項 を適用し、国側勝訴
評価通達と実勢価格の 乖離率は約3.8倍。 被相続人と相続人が「相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて実行した」ことが「特別の事情」に該当するという判断だった。
アパート建設への波及
この判決はタワマンの事例だが、 ロジックはアパート建設にもそのまま使える。
高齢の地主が借入金でアパートを建てて相続税評価を圧縮する手口は、タワマン節税とまったく同じ構造だ。税務署が「節税目的が明白」「実勢価格との乖離が著しい」と判断すれば、総則6項で否認される可能性が残る。
さらに令和6年1月1日から 「居住用の区分所有財産の評価について」の新通達 が施行され、マンション評価額が市場価格の6割以上になるよう補正する仕組みが導入された。アパートは現時点で新通達の直接対象ではないが、 評価通達の乖離を利用した節税全般に、税務当局の目が厳しくなっている という前提で判断した方がよい。
相続発生から3年以内に不動産を売却すると、税務調査で問題視されるケースもある。アパート建設の節税効果を「確定したもの」として設計する考え方自体が、もう通用しない時代に入っている。
出口がないから、問題はすべて相続人に落ちる
経営が悪化したらやめればいい——そう思うかもしれない。だが、相続対策アパートには 出口がない。
売却が困難
- サブリース付き物件は 買い手がつきにくい。 買主側は「自分で経営できない物件」を嫌うし、サブリース契約の継承自体が値付けの足枷になる
- 築古の地方アパートは 流動性が極端に低い。 仲介業者のネットワークで買主を探し、収益物件専門のポータルサイトに掲載しても、問い合わせすら入らないケースが珍しくない
- 残債割れしていれば、売却時に自己資金で不足分を補う必要がある
解体費が重い
- 木造:4〜5万円/坪
- 鉄骨造:6〜7万円/坪
- RC造:7〜10万円/坪
- 鉄骨造60坪で立退補償込み約800〜860万円
解体には既存入居者の立退交渉が必要で、借地借家法28条の「正当事由」要件を満たすための立退料も積み上がる。土地を更地にすれば住宅用地特例(固定資産税1/6)が外れ、 固定資産税は6倍になる。
経営を続けるしかないから、赤字が続く
売れない・解体できない・撤退できない。だから相続人は、 赤字を垂れ流しながら物件を持ち続けるしかなくなる。 固定資産税、管理費、修繕費、借入返済がキャッシュフローを削り、本業の手取りから赤字を埋める日々が続く。
これが「負動産」の実態だ。名前だけは資産だが、実質は毎年お金を吸い取っていく装置。子ども世代から見れば、 親の「節税」のために自分の可処分所得が削られ続ける ことになる。
遺産分割でも揉める
アパートは現金と違って物理的に分割できない。複数の相続人で共有すれば、修繕一つ、家賃改定一つで意見が割れ、経営判断が止まる。共有名義の不動産が「争族」の火種になる事例は後を絶たない。
ワンルームマンションでも似た「出口がない」構造が起きており、これは ワンルーム投資「売るも地獄、売らぬも地獄」の実態 で別の角度から書いている。
ハウスメーカーの相続対策セミナーに行く前に
セミナーに行くなと言うつもりはない。情報を集めるのは悪いことではない。
ただし、次の3つは 絶対に守ってほしい。
1. セミナー主催者の数字を鵜呑みにしない
主催者の本業は建設請負で、セミナーは建設受注のための入口である。提示される収支シミュレーションは、満室前提・家賃据置・修繕費過少見積りの三点セットになりがちだ。「年利回り8%」と書かれていたら、それは表面利回りで、 実質利回りは3〜4%程度 になる可能性が高い。
2. 30年スパンの収支は独立した第三者に作らせる
税理士・不動産鑑定士・不動産コンサルタントのうち、 ハウスメーカーと利害関係のない人 に依頼する。費用は数万円〜十数万円だが、1億円の借入を判断する材料としては圧倒的に安い。建設会社の紹介で紹介される税理士は、紹介料の有無にかかわらず、中立的な助言をしない可能性があることを忘れない方がよい。
危険な税理士の見分け方は 危険な税理士の兆候|相続・不動産で顧問を選ぶときに見るポイント で整理している。
3. 「相続税の節税額」と「経営の損失額」を同じ表で並べる
これが最重要。節税額だけの話を聞いていると判断を誤る。 「30年で節税できる相続税」と「30年累計のキャッシュフロー赤字」を同じページに並べれば、多くのケースで後者が前者を上回る。 それでもなお建てる価値があるのか、そこが判断ポイントになる。
「すべてこちらでやりますから」——冒頭の女性が聞かされた言葉を思い出してほしい。この一言は、翻訳すると 「あなたに考える時間を与えません」 という意味になる。親切ではなく、 契約までのスピードを上げるための常套句 である。
「既存物件の購入」というもう一つの選択肢
ここまで新築アパート建設の問題を並べてきたが、相続対策として不動産を活用すること自体が悪なのではない。問題なのは、 建設段階で建設会社の利益が最大化される構造 に、素人の地主が丸腰で飛び込んでしまう点にある。
別の選択肢として、 既存の収益物件を購入する というアプローチがある。当メディアで扱っている「4年償却」の考え方は、新築ではなく既存の中古木造物件(耐用年数22年超)を取得し、簡便法で短期間に減価償却を取るスキームだ。
| 観点 | 相続対策アパート新築 | 既存収益物件の購入(4年償却) |
|---|---|---|
| 建設会社の粗利 | 建築費の30〜35%が乗る | 乗らない(既存物件の売買) |
| サブリース | 多くの場合セットで契約 | 不要(自己管理または一般管理) |
| 出口戦略 | 30年以上の長期保有が前提 | 5年超保有後の売却が基本シナリオ |
| 節税効果 | 相続税評価の圧縮 | 所得税・法人税の繰延(譲渡時精算) |
| リスクの主な担い手 | 地主→相続人 | 投資家本人 |
相続税の圧縮という一点だけを見れば新築アパートの方が効いて見えるかもしれないが、 収支全体で見ると話は変わる。 特に既存物件の購入は、建設会社の利益マージンを踏まずに済む点が大きい。
4年償却そのものの仕組みは 4年償却とは?築古木造で節税する基本の仕組み、相続を見据えた活用は 相続を見据えた4年償却投資|次世代への資産承継 で整理している。
最後に
冒頭の年配女性は、いまも「楽しみだわ」と言い続けているのかもしれない。ご本人にとって、 建ててしまった後は「楽しみ」以外の感情を持ってはいけない のだ。後悔を認めた瞬間、契約した自分を責めることになる。人は自分を守るために記憶と感情を都合よく書き換える。
問題は、その物件を相続する子ども世代が、同じ楽観を共有していないことだ。
子世代から見れば、借金と空室と修繕費が付いてくる築古アパートは、親からのプレゼントではなく 時限爆弾 に見える。「相続対策」という名目で建てられた物件が、相続発生の瞬間から家族関係をきしませる——これが現場で起きていることだ。
相続対策は、 相続人が歓迎する形 でやるのが本筋である。「お母さん、ありがとう」と言われない相続対策は、たぶんどこかで間違っている。
1億円の借入契約書に印鑑を押す前に、もう一度だけ子どもたちに聞いてみてほしい。「このアパート、相続する?」と。
その答えを聞いてからでも、契約は遅くない。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の税務上の助言ではありません。税制は法令改正や国税庁の通達等により取扱いが変更される場合があります。具体的な税務判断については、必ず税理士等の専門家にご相談ください。


